私はなぜ司祭になったか(光延一郎)

 高校の「倫理社会」という科目の先生がカトリックであったのがきっかけで上智大学の哲学科に入りました。それが私の召命の始まりです。高校生の頃はラグビーの練習に明け暮れていましたが、他方で井上靖の歴史小説などが好きで、はるかユーラシア大陸の彼方から砂漠と山脈、時と文化を越えて仏教やキリスト教が到来したことに感動する少年でもありました。自分も『天平の甍』の遣唐使学僧のように、救いの教えの伝来のために外国へでも行き、この身を尽くすような生き方をしてみたいものだと「修道・学問」の世界にひそかな憧れを抱いていました。
入学した上智大学は、第二次大戦で疲弊した日本の精神文化を復興するため、世界中から呼び集められた選り抜きのイエズス会士の教授たちが円熟期を迎えた時期にあたり、とても活気がありました。現代における鑑真のような宣教師の先生たちから、日夜親身の指導を受けて、私はカトリックに基づく西洋思想の奥深さに圧倒されました。クラスの中にも聖書や哲学・神学を学ぶ研究会ができて、そこでよき友たち(イエズス会の長町神父、札幌教区の上杉神父は同級生)にも恵まれ、教えの内容には納得しても自分が飛び込むには感情的に隔たりのあったカトリックの世界にもなじみ、卒業の頃に洗礼を受けることができました。フランシスコ・ザビエルの霊名をいただいて、この聖人のキリストの恵みを分かち合うために波頭を越えて世界の果てまで赴くという志に自分をも重ねることができることに深い喜びを感じました。
大学を卒業してから横浜の高校で三年間、社会科の教員を勤めました。自分の高校時代とは逆の立場になったわけですが、ある朝駅で、行き交う多くの通学生たちを眺めて「ここにいる高校生のほとんどが、イエス・キリストに出会うことなく大人になり人生を終える…。どうせ同じ苦労をするなら、いっそもっと直接に人々をキリストに招く道を歩んだ方がよいのではないか…」との思いが心の中にあふれました。それで大学院に戻り、目標にしていた勉強を終了した後、修道会に入りたいとの決意を母に告げました。父が亡くなり、母ひとり子ひとりであったので、私にも大きな家族をもちたいとの夢がありましたし、母も泣いてつらかったですが、私の決心を母は受け入れてくれました。
広島・長束にあった修練院での修練生活はよい思い出です。修練院前を流れる山本川にかかる「浄念橋」を渡り、この世のしがらみから解放された身一つで祈りの生活に飛び込んだのは、本当に私の人生の新しい始まりでした。
それからは、ずーっと同じ一本道を神様の御手によって導かれていると思います。修練院のときに、秀吉の命令で長崎の西坂の丘で殉教するために京都から引き回された二十六聖人をしのんで巡礼するという実習を体験しましたが、それと同じでまわりの景色はいろいろ変わりますが、見つめているのはいつも同じ路上に浮かび上がるイエス・キリストの面影です。疲れたときも、人々がイエス・キリストとの交わりに気づくようにとの祈りのうちに、もう一歩足を前に出すという毎日です。いろいろな場所の教会や黙想の家で、信者やそうでない人々、子どもやおとなの区別なく話をしたり、話を聞いたり、学校で生徒と一緒に上半身裸で校庭を走ったり掃除をしたり、静寂の図書館で神学のむずかしい理論と格闘したり、外国に行ってわからない言葉に苦労しながらキリスト教の本質について議論したり、路上や刑務所、老人ホームで暮らしている人々のお手伝いをしたり、ありとあらゆる仕方で人間とかかわります。孤独や苦しみもありますが、それは主が与えてくださる慰めの一部なのだとわかっています。
いつのまにか私はザビエルが亡くなった年齢(46歳)を越えてしまいましたが、彼との同志的きずなは日々私のうちでますます深まっています。神さまは、私が高校生のときに抱いた漠然とした憧れを、そのままはっきりと実現してくださったのだと思っています。

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光延一郎神父は、1985年入会、1992年司祭叙階。現在、上智大学神学部教授。

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