キリストの声を聞く(アントニオ・ガルシア)

 Garcia36  1950年の2月、わたしは、スペインのあるイエズス会修道院の受付をしていました。電話の取り次ぎ、来客の応対と、忙しい毎日が続いていましたが、ときには電話も来客もない静かな時間がありました。でも受付係として、持ち場を離れるわけには行きません。

 「さて、何をしようかな」と見回すと、ふと机の上の雑誌に目がとまりました。それは『布教の世紀』という雑誌でした。好奇心をそそられてページをめくってみると、、大きな写真が載っていました。

 それはおそろしい写真でした。原子爆弾で破壊しつくされた広島の街、焼けただれ、苦しみうめく広島の人の姿だったのです。しばらく無残な光景と、言いようのない姿を見ているうちに、たえられなくなって雑誌を閉じてしまいました。わたしの心は、おどろき、おそれ、同情でいっぱいでした。

 しばらくじっとしていました。眠っているような、何も考えていないような、時間が止まってしまったような感じでした。そのとき、神は心の中に特別な恵みをくださいました。この恵みから来る力を感じながら、わたしは、日本のことを思い続けました。

 何かしなければならない。日本の宣教師になってキリストのために、何か大きなことをしなければならない。そう思ってわたしはすぐに管区長に私の感じた恵みを話し、具体的にどうすればよいかと相談しました。わたしがまだ若すぎることや家族のことなど、いろいろ困難な問題もありましたが、それはすべて解決されました。

 そしてこの特別な恵みの日の半年後の8月15日に、7人の神父、神学生と一緒に羽田空港に降り立ったのでした。日本に来てからも、いろいろなところで多くの人に出会い、さまざまの貴重な出来事にぶつかりましたが、そのすべては、多かれ少なかれ、あの受付の部屋での経験に通じているのです。

 わたしは、この小さな経験によって「キリストは地上のあらゆる被造物のうちにおられ、わたしたちとともに生き、そして働いておられる」という『霊操』の言葉を、聖イグナチオとともに感謝をこめて繰り返したいと思います。

 聖イグナチオは「もの」を見るときに、慰めの涙とともに、キリストを見ました。わたしは、花や木が大好きです。花や木を見るときにわたしも、聖イグナチオが自分の体験を通して教えてくださったこと、「キリストはすべてのものを通して、わたしたちに語りかけてくださる」ということの真実を体験するのです。

かつて、キリストは、広島の写真を通して、わたしに呼びかけてくださいました。いまも人と花と木とあらゆる場所で、あらゆるものを通して、わたしに語りかけてくださるのです。

 小さなわたしを宣教師としてくださった神の恵みに感謝しながら、多くの人々が「あらゆるものを通して語りかけるキリストの声」を聞くことができるようにと願っています。

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Garcia35Br.アントニオ・ガルシアはイエズス会ブラザー。1946年入会、1950年来日。 現在は、イエズス会福岡修道院副院長。

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