神の霊に引っ張られて(サリ・アガスティン・タラッペル)

 イエズス会に入会して21年になる。司祭として7年目。  21年前には司祭になろうとは思っていなかった。イエズス会のことなんて知らなかった! 19歳の二人の若者が将来のことを考えていた。田舎の農家に生まれ、少年時代から農業や家族がやっていたレストランの手伝いをしていた私は“何かに引っ張られている”ことだけはわかっていたものの、実は将来については何も見えてこなかった。  そんなある夜、一番親しい友人が言った。「私は神父になろうと考えている」。  意外な彼の言葉に一瞬戸惑いを覚えたが即座に「わかった、一緒に行こう」と答えて、励ましあった。それが私が司祭の召命を歩みだした最初の瞬間だった。  しかし、二人は迷った。「どこで、どのような神父になるべきか」。所属教会の神父は教区の神父だった。少年・青年時代に知り合ったある教区司祭が、「お前たちは教区司祭にふさわしくないから修道会の方がいいんじゃないか」とアドバイスしてくれた。そして、インドのカルメル会(CMI)、フランシスコ会など多くの修道会のことを紹介してくれた。最後のイエズス会のことも。そして、付け加えた。「しかし、イエズス会は厳しいから君たちには無理かもしれないよ」と。  その帰り道、二人の若者は心を決めた。「それなら、厳しいところに行ってみよう」。イエズス会との出会いはこうして始まった。そして、二人そろって志願院に行った。  なんとなく歩み始めた司祭のへの道。やっぱり“何かに引っ張られている”ことだけはわかっていたものの、実はどこまでかは自信がなかった。一年後、二人は別々の道を歩み始める。私は修練院へ、そして親友は弁護士になるべく故郷へ戻った。

 イエズス会の「厳しい」養成は20歳の私に喜びを与えてくれた。自分を知る喜び、神を知る喜び。そして、他者とのかかわりの中で自分が成長する喜び。そのような喜びが私の召命を支えてくれたのではないかと思う。そして、多くの人の犠牲的支えと祈りが私の力になっていることを信じている。  さて、2年間の修練後、大学で政治学を学び、哲学期の終わりごろになって、管区長に言われた。「宣教師として誰か一人を日本へ送りたいのだが、君はどうかね」。正直に言うと、なぜ私が日本のような先進国に宣教師としていかなければならないのかと納得がいかず、かなり否定的だった。この時も、やはり、“何かに引っ張られている”ことはわかっていたものの、日本に行きたくなかった。しかし、最終的に呼びかけにこたえて、1997年に来日した。  その時、29歳。インドではいろいろな責任を任されて、使徒職に励んでいたのに、日本での最初の2年間は孤独と無力感に苛まれた。すべてにおいて人に頼って生活をする体験。自分が小さな子供に逆戻りしたようだった。小さき者になって、日本語、日本の文化・習慣・社会を学ぶうちに、日本が私のミッションの場になっていった。そして、2003年8月30日に司祭に叙階された。  叙階式の記念の御絵にふさわしいメッセージを印刷しようと考えていた時のことだった。突然現れた叔母が言った。「あなたのために神様が用意してくれた聖書の言葉があるわよ」と。それはイザヤ55章の5節だった。  「今、あなたは知らなかった国に呼びかける。あなたを知らなかった国はあなたのもとに馳せ参じるであろう。あなたの神である主、あなたに輝きを与えられるイスラエルの聖なる神のゆえに」。  やはり“何かに引っ張られている”ことはわかっていたものの、この頃には実は何かが少し見えるように感じていた。

 司祭というものは人類という共同体に、とりわけキリスト教共同体に、神という超越的存在の目に見えるしるしとして、人間の霊的次元において貢献するために呼ばれていると思う。私は特別な(魔術的な)能力があるから司祭なのではなく、信じる人々にこの世における神の働きを仲介するシンボルとしての司祭であると思う。人々が私を司祭として見る時、私を神の現存の現実的体験へと導く人として認め、祈りと祝福、とりわけエウカリスチアを求めるのだと思う。すべての「祝福」は神から来るのだと信じ、その祝福を通して、神を人々に届ける。このような司祭として生きることは私にとって喜びである。  宗教的関心が低い現代社会、あるいは無宗教的傾向が広がる社会において、司祭職の妥当性も問われる。このような状況下では、司祭は単なる学問的専門家か社会的活動家やまたは事業体の経営者になってしまうかもしれないが、このような世俗的社会にあってこそ、神を証しすることは司祭としての私の課題であると思う。

 13年前、私が日本に派遣されることになった時、私は当時の日本管区長(現総長)アドルフォ・ニコラス神父さまから、一通の手紙を受け取った。その手紙の中で、彼は私に霊的な準備の大切さを語り、勧めている。  「霊的に準備をするということは、無条件にあなた自身を主にささげる道とあなた自身と神との出会いを親しい交わりの体験において成長するということです。日本の人々があなたに求めるのは、あなたが神について語る言葉ではなく、自分たちと神との出会いを助けてほしいということでしょう。あなた自身が自分の霊性を養い、深めることは、あなたにとって、最大の宝になります」(1997年3月6日)。このニコラス神父さまのことばは、司祭である私にとって最大のチャレンジである。  私を司祭の道に“引っ張っていた”のは間違いなく神の霊である。だからこそすべてをささげて私はこの道を歩もうとしている。そして、これからもその神の霊に引っ張られてこの道を歩むのだと思う。

*************************************************

Sali Augustineサリ神父は、インド・ケララ州生まれ、1989年入会、1997年来日、2003年司祭叙階。現在は上智大学神学部准教授。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

イエズス会召命促進チームの新Blog

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。