教皇、聖地でホロコーストの犠牲者のために祈る

popeyadvashem聖地を歴訪した教皇フランシスコは5月26日、イスラエルのネタニヤフ首相やペレス大統領の付き添いのもと、エルサレムの「ヤド・バシェム」ホロコースト記念館を訪問しました。犠牲者の遺灰の前で祈り、「記憶の間」ホールで黄色と白の花のリースをささげました。教皇はナチスのホロコースト(大量虐殺)を生き延びた犠牲者や遺族の手に口づけし、愛する者を失った彼らの話に聞き入りました。 教皇、聖地でホロコーストの犠牲者のために祈る の続きを読む

教皇フランシスコ、イスラエル西岸地区の分離壁にて祈る

教皇フランシスコは、ヨルダンから飛行機で移動し、パレスチナ、イスラエル両国を3日間の予定で訪れていました。5月25日、教皇はミサ会場の降誕教会前広場へと向かう途中、当初スケジュールには入っていませんでしたが、イスラエル西岸地区の分離壁(パレスチナの抵抗運動に対してイスラエルが「テロ防止」を理由に建てたベツレヘムとイスラエルを隔てる壁)に立ち寄りました。そして、「パレスチナ解放」「アパルトヘイト(人種隔離)壁」とスプレーで落書きされた壁に手をついてしばらく祈り、祈りの終わりに額を壁につけました。 教皇フランシスコ、イスラエル西岸地区の分離壁にて祈る の続きを読む

シリアのホムスで殺害されたイエズス会司祭

Frans van der Lugt 3   4月7日、シリア中部ホムス(Homs)でオランダ出身のフランス・ファン・デル・ルフト(Frans van der Lugt)神父(75)が、覆面の男に射殺されました。

ルフト神父は、2年にわたる政府軍による包囲によって頻繁な砲撃や必需品の不足などが続く旧市街にとどまり、反体制派掌握地域の住民との連帯を生涯かけて証ししました。

Fr Frans van der Lugt 2ファン・デル・ルフト神父は今年2月、AFPの取材に対し、50年近く暮らしてきたシリアは自分にとって故郷のようなものだと語っています。同神父は、レバノンで2年間アラビア語を学んだ後、1966年にシリアに移住。イエズス会の修道院でキリスト教信者を率い、貧しい家庭には、イスラム教徒でもキリスト教徒でも分け隔てなく支援を行っていました。

私はシリアの人々から寛容を学んできました。彼らが今苦しんでいるなら、ともに連帯したいのです。よいときを共にしたように、痛みにおいても共にいるのです。(2014年2月のインタビューより)

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イエズス会の初誓願式

14-03-25 Yamauchi vows (07)  2014年3月25日、イエズス会上石神井修練院にて、初誓願式が行われました。

   宣立者の山内豊さんは2012年に修練院に入りました。2年間の修練を終えたこの日、イエズス会の仲間たちに囲まれたミサのなかで、「イエズス会における清貧、貞潔、従順」を神さまに誓願しました。

山内さんはミサ後のお祝いのスピーチの中で自分の修練をふり返って、多くの試練に見舞われながらもイエズス会において神への信頼、主イエスとの絆に生きることの大切さを話しました。

現在、山内さんは鷺ノ宮神学院に移り、4月から上智大学文学部哲学科で第一勉学期を始めています。これからもお祈りください。

また現在、修練院には一人の若者が修練を続けております。彼のためにもお祈りください。

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