Frans van der Lugt 6

シリアのホムスで殺害されたイエズス会司祭

Frans van der Lugt 3   4月7日、シリア中部ホムス(Homs)でオランダ出身のフランス・ファン・デル・ルフト(Frans van der Lugt)神父(75)が、覆面の男に射殺されました。

ルフト神父は、2年にわたる政府軍による包囲によって頻繁な砲撃や必需品の不足などが続く旧市街にとどまり、反体制派掌握地域の住民との連帯を生涯かけて証ししました。

Fr Frans van der Lugt 2ファン・デル・ルフト神父は今年2月、AFPの取材に対し、50年近く暮らしてきたシリアは自分にとって故郷のようなものだと語っています。同神父は、レバノンで2年間アラビア語を学んだ後、1966年にシリアに移住。イエズス会の修道院でキリスト教信者を率い、貧しい家庭には、イスラム教徒でもキリスト教徒でも分け隔てなく支援を行っていました。

私はシリアの人々から寛容を学んできました。彼らが今苦しんでいるなら、ともに連帯したいのです。よいときを共にしたように、痛みにおいても共にいるのです。(2014年2月のインタビューより)

_57578456_syria_homs0711ルフト神父は、同じイエズス会司祭のパオロ・ダルゴリオ神父(2013年7月に誘拐され現在も行方不明)とともに、長年シリアで働いてきました。1990年代はじめ、ダルゴリオ神父がダマスカス北の砂漠で修道院を再建していたとき、ルフト神父はホムス近郊に農地を得て、霊性センター”al-Ard”(土を意味する)を始めました。センターの中には野菜園があり、障がいをもつ子どもや10代の若者が赤土に水をやったり草取りをしていました。

毎朝ルフト神父は近隣の村々を古い愛車フォルクスワーゲンでまわり、子どもたちを迎えに行きました。障がい児が恥だと隠される文化の中にあって、神父は「誰もが大切にされる共同体」の一員としてともに働ける空間をつくったのでした。

Frans van der Lugt 5 - コピーヨガや禅にも詳しく、実践していたというルフト神父ですが、イスラム教とキリスト教との間の葛藤については、神学的議論や正当性を持ち出すことはありませんでした。ときに大胆に「宗教は好きじゃない」と言うこともありました。

私にとって、重要なのは人間同士の出会い(human meeting)から始めることであって、宗教から始めることではありません。(…)私は、信仰の源であり最初のインスピレーションである霊的体験を信じています。(同インタビュー)

ルフト神父はまた、30年以上も青年を率いて毎年ハイキングを企画していました。70歳になっても2,3百人のシリアの若者(宗教を問わず)を連れて8日間の山登りを毎年していたそうです。

ハイキングは人々を一緒にします。疲れや睡眠、食事を分かち合い、これが人々の間のつながりをつくるのです。ハイキングの後には、クリスチャンかムスリムかは重要でなくなります。大切なのは、いるってことなんです。(インタビュー)

Mideast Syriaオランダ・イエズス会の報告では、男が同司祭を自宅前の道路に連れだし、頭部を2回撃って殺害したそうです。ルフト神父の遺体は本人の生前の意向により、シリアで埋葬されました。

Frans van der Lugt 4 - コピー路頭で子どももための食べ物を探し回る母親たちほど、見るに堪えない辛いものはありません。私たちは命を愛します。生きたいのです。痛みや苦しみの海に沈みたくはないのです。(2014年2月に公開されたvideo clipより)

参照: AFPニュース「シリアを故郷と呼んだオランダ人司祭、ホムスで殺害される」http://news.livedoor.com/article/detail/8713501/
参照: BBC “Frans van der Lugt: A Dutch priest in Homs” http://www.bbc.com/news/magazine-27155474
 

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